ゲンザイチ ケイケンチ

先週の土曜日深夜に見た『きょうの料理』。1980年に放送された、元帝国ホテル料理長の村上信夫さんが出演したシリーズだったのだけど、実に良い雰囲気で、それを見ていたら今までに見た料理番組にからめて、つらつら書いてみたくなりました。なので、これはお笑いとは全然関係ありません。興味のある方だけどうぞ。

私が田舎の小学生だった頃、土曜日の午後の留守番で何より楽しみだったのは、テレビで『世界の料理ショー』を見ることでした。今では日本にいながらにして、いろいろな国の料理が食べられるけど、当時は まだそれほどではなく、ワインをぶどう酒と言う人もいたはず。そんな頃に、世界を旅して各地の名産に舌鼓を打ち、それをスタジオで再現してみせた『世界の料理ショー』は、私の「外国」への入り口だった気がします。

番組ではグラハム・カーという料理研究家が腕を振るうのだけど、この人は料理ばかりかおしゃべりも上手。とは言え、番組は日本語に吹きかえられているわけだから、本当は声を当てていた声優さんが優秀だったんでしょう。最近になってネットを検索してみたところ、浦野光さんと黒沢良さんという方がカーの声を担当していたそう。そして台本は、英語をそのまま日本語にした翻訳ではなく、雰囲気を生かした翻案で、有名な「スティーブ」のせりふも英語には存在したとかしないとか。でもそんなことは露知らず、田舎の小学生は「外国」に酔いしれ、最後にカーの作った料理を食べられる、たった1人の幸運な観客をうらやましく思っていました。

大人になってイギリスに住んだ時には、ロンドン在住のイタリア人シェフがイタリアを訪れて現地の料理を紹介する番組『Antonio Carluccio's Italian Feast』にハマり、エイゾウホンヤクの仕事をするようになってからは、『Italian Feast』みたいな番組に関わりたいと思っていました。ほどなくしてそれは叶ったけれど、まだ駆け出しの頃の仕事だったから、今見るのは冷や汗モノ(苦笑)。いつかリベンジできるといいのだけど。

さて、先日の『きょうの料理』は、帝国ホテルの料理長だった村上信夫さんが、ひき肉を使った外国料理を紹介するというシリーズで、ハンバーグステーキを始め、ピロシキやピーマンの肉詰め、ミートソースなど今ではお馴染みの料理を作って見せていました。放送されたのは1980年だから大昔ではないけど、スコッチエッグカネロニは まだあまり知られていなかったかもしれません。

村上さんは別段面白いことを言うわけではなく、笑顔で調理の仕方を説明するだけ。でも、深夜にもかかわらず、ただ単に料理を紹介し、作り方を教えるだけのこの番組に見入ってしまったのは、村上さんの言葉や動作からそれまでの経験がにじみ出ていたのと、何より「たくさんの人にいろいろな料理を楽しんで欲しい」という気持ちが感じられたからだと思います。たびたび出てくる「何も難しいことはありませんね」という言葉がそれを証明している気がします。

芸人さんでも師匠と呼ばれる人たちのトークが興味深いのは、いろいろな経験をし、それを咀嚼して自分のものにしているから。誰彼かまわず揚げ足を取り、無理に笑いに変えようとする人もいるけど、そんなことをしなくても経験を積み、そこから学んだ人は十分魅力的で、見る人を引き込む力を持っています。それはどんな分野でも同じはず。『世界の料理ショー』だって、カーが単にジョークを飛ばすだけでなく、自分の舌で本当の味を経験したからこそ、人気番組になったのでしょう。

私が今の仕事を始めてから早6年。芸人さんならまだ若手の域で、『M-1グランプリ』にも挑戦できるぐらい。もっと早くに始めていれば、いろんなことが違っていたかもしれないと思うこともある一方、それなりに大人になった今だからこそできることや書ける言葉もあると思ったりもしています。村上さんのような偉大な人には到底追いつけないけど、今までのいろんなことがちょっとずつ生かせたら幸せだよなあ。ブログだって、たぶん無駄にはならないぜ(と思いたい)。